云うのです。ゆうべの夢に、妙義の奥の箱淵《はこぶち》という所へ行くと、黒い淵の底から兄さんが出て来て、おれに逢いたければ明日《あした》ここへ尋ねて来て、淵にむかって大きな声でおれを呼べ、きっと姿を見せてやろうと云う。そんなら行こうと堅く約束したのだから、どうしても行かなければならないと云い張って、母が止めるのも肯《き》かずにとうとう出て行ったのです。それからどうしたのかよく判りません。人を斬った刀は駐在所の巡査の剣を盗み出したのだと云います。
しかし其の箱淵へ尋ねて行く途中であったのか、あるいは淵に臨んで幾たびか兄を呼んでも答えられずに、むなしく帰る途中であったのか、それらのことはやはり判りません。とにかくに意趣《いしゅ》も遺恨もない人間を七人までも斬ったと云うのは、考えてもおそろしい事です。気が狂ったに相違ありますまい。しかも大雪のふる日に妙義の奥に分け登って、底の知れない淵にむかって、恋しい兄の名を呼ぼうとした弟の心を思いやれば、なんだか悲しい悼《いた》ましい気もします。殺された人々は無論気の毒です。殺した人も可哀そうです。その箱淵という所へ行って見たいような気もしましたが、ずっ
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