先ずほっ[#「ほっ」に傍点]としました。
それにしても手足に付いた血の痕《あと》を始末しなければなりません。足の方はさのみでもありませんでしたが、手の方はべっとり紅くなっています。水を貰って洗おうとすると、ただ洗っても取れるものではない、一旦は水を口にふくんで、いわゆる啣《ふく》み水《みず》にして手拭《てぬぐい》か紙に湿《しめ》し、しずかに拭き取るのが一番よろしいと、案内者が教えてくれました。その通りにしてハンカチーフで拭き取ると、なるほど綺麗に消えてしまいました。
「むかしは蛭に吸われた旅の人は、妙義の女郎の啣み水で洗って貰ったもんです。」
案内者は煙草を吸いながら笑いました。わたしもさっきの話を思い出さずにはいられませんでした。
信州路から上州へ越えてゆく旅人が、この山蛭に吸われた腕の血を妙義の女に洗って貰ったのは、昔からたくさんあったに相違ありません。うす暗い座敷で行燈《あんどう》の火が山風にゆれています。江戸絵を貼った屏風《びょうぶ》をうしろにして、若い旅人が白い腕をまくっていると、若い遊女が紅さした口に水をふくんで、これを三栖紙《みすがみ》にひたして男の腕を拭いています
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