あった。わたしは巻煙草をくわえながら此の唄を聴くに忍びなかった。
 この唄は、この老人たちの生命《いのち》と共に、次第に亡びて行くのであろう。松島の海の上でこの唄の声を聴くのは、あるいはこれが終りの日であるかも知れない。わたしはそぞろに悲しくなった。
 しかし仙台の国歌とも云うべき「さんさ時雨」が、芸妓の生鈍《なまぬる》い肉声に歌われて、いわゆる緑酒《りょくしゅ》紅燈の濁った空気の中に、何の威厳もなく、何の情趣も無しに迷っているのに較べると、この唄はむしろこの人々と共に亡びてしまう方が優《まし》かも知れない。この人々のうちの最年長者は、七十五歳であると聞いた。

     金華山の一夜

 金華山《きんかざん》は登り二十余町、さのみ嶮峻《けんしゅん》な山ではない、むしろ美しい青い山である。しかも茫々たる大海のうちに屹立《きつりつ》しているので、その眼界はすこぶる闊《ひろ》い、眺望雄大と云ってよい。わたしが九月二十四日の午後この山に登った時には、麓《ふもと》の霧は山腹の細雨《こさめ》となって、頂上へ来ると西の空に大きな虹が横たわっていた。
 海中の孤島、黄金山神社のほかには、人家も無い。
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