ほん》で名高い局《つぼね》政岡とは三沢初子《みさわはつこ》のことだそうで、その墓は榴《つつじ》ヶ岡下の孝勝寺にある。墓は鉄柵をめぐらして頗る荘重に見える。
初子は四十八歳で死んだ。かれは伊達|綱宗《つなむね》の側室《そばめ》で、その子の亀千代《かめちよ》(綱村《つなむら》)が二歳で封《ほう》をつぐや、例のお家騒動が出来《しゅったい》したのである。私はその裏面の消息を詳しく知らないが、とにかく反対派が種々の陰謀をめぐらした間に、初子は伊達|安芸《あき》らと心をあわせて、陰に陽に我が子の亀千代を保護した。その事蹟が誤まって、かの政岡の忠節として世に伝えられたのだと、仙台人は語っている。あるいは云う、政岡は浅岡《あさおか》で、初子とは別人であると。あるいは云う、当面の女主人公は初子で、老女浅岡が陰に助力したのであると。
こんな疑問は大槻博士にでも訊いたら、忽《たちま》ちに解決することであろうが、私は仙台人一般の説に従って、初子をいわゆる政岡として評したい。忠義の乳母《めのと》ももとより結構ではあるが、真実の母としてかの政岡をみた方がさらに一層の自然を感じはしまいか。事実のいかんは別問題と
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