動をも執らなければならない。非戦闘員とて油断は出来ない。まかり間違えばシナ兵と一騎討ちをするくらいの覚悟が無ければならないので、いずれも厳重に武装して出かけたわけです。実際、その当時はシナ兵ばかりでなく、朝鮮人だって油断は出来ないのですから、この位の威容を示す必要もあったのです。軍隊の方でも別にそれを咎《とが》めませんでした。

     *

 前にもいう通り、従軍新聞記者に対する待遇や規定がハッキリしていないので、その配属部隊の待遇がまちまちで、非常に優遇するのもあれば、邪魔物扱いにするのもある。記者の方にも、おれは軍人でないから軍隊の拘束を受けない、と云ったような心持があって、めいめいが自由行動を執るという風がある。軍隊の方でも余りやかましく云うわけにも行かない。それがために、軍隊側にも困ることがあり、記者側にも困ることがあり、陣中におけるいろいろの挿話が生み出されたようでした。
 明治三十三年の北清事件当時にも、各新聞社から従軍記者を派出しましたが、これは戦争というほどの事でもないので、やはり日清戦争当時と同様、特に規律とか規定とか云うようなものも設けられませんでした。
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