お玉さんの三味線で清元や端唄《はうた》を歌ったりしていた。お玉さんが家《うち》じゅうで一番陽気な質《たち》らしく、近所の人をみればいつもにこにこ笑って挨拶していた。しかし阿母さんや兄さんがこういう風変りであるので、娘盛りのお玉さんにも親しい友達はなかったらしく、麹町通りの夜店をひやかしにゆくにも、平河天神の縁日に参詣するにも、お玉さんはいつも阿母さんと一緒に出あるいていた。時どきに阿母さんと連れ立って芝居や寄席へ行くこともあるらしかった。
この一家は揃《そろ》って綺麗好きであった。阿母さんは日に幾たびも格子のまえを掃いていた。お玉さんも毎日かいがいしく洗濯や張り物などをしていた。それで決して髪を乱していたこともなく、毎晩かならず近所の湯に行った。徳さんは朝と晩とに一日二度ずつ湯にはいった。
徳さん自身は棟梁株ではなかったが、一人前の職人としては相当の腕をもっているので、別に生活に困るような風はみせなかった。お玉さんもいつも小綺麗な装《なり》をしていた。近所の噂によると、お玉さんは一度よそへ縁付いて子供まで生んだが、なぜだか不縁になって帰って来たのだと云うことであった。そのせいか、私
前へ
次へ
全408ページ中118ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング