》りといい、葉の色といい、それが五月の明るい日の光にかがやいて、真昼の風に青く揺らめいているのはいかにも絵にでもありそうな姿で、私はしばらく立ち停まってうっかりと眺めていました。
 その日は帰りにハンプトン・コートへも案内されました。コートに接続して、プッシー・パークと云うのがあります。この公園で更に驚かされたのは、何百年を経たかと思われるような栗の大木が大きな輪を作って列《なら》んでいることでした。見れば見るほど立派なもので、私はその青い下蔭に小さくたたずんで、再びうっかりと眺めていました。ハンプトン・コートには楡《にれ》の立派な立木もありますが、到底この栗の林には及びませんでした。
 あくる日、近所の理髪店へ行って、きのうはキウ・ガーデンからハンプトン・コートを廻って来たという話をすると、亭主はあの立派なチェストナットを見て来たかと云いました。ここらでもその栗の木は名物になっているとみえます。その以来、わたしも栗の木に少なからぬ注意を払うようになって、公園へ行っても、路ばたを歩いても、いろいろの木立《こだち》のなかで先ず栗の木に眼をつけるようになりました。
 それから一週間ほどたって、私は例のストラッドフォード・オン・アヴォンに沙翁《さおう》の故郷をたずねることになりました。そうして、ここでアーヴィングが「スケッチ・ブック」の一節を書いたとか伝えられているレッド・ホース・ホテルという宿屋に泊まりました。日のくれる頃、案内者のM君O君と一緒にアヴォンの河のほとりを散歩すると、日本の卯《う》の花に似たようなメー・トリーの白い花がそこらの田舎家の垣からこぼれ出して、うす明るいトワイライトの下《もと》にむら消えの雪を浮かばせているのも、まことに初夏のたそがれらしい静寂な気分を誘い出されましたが、更にわたしの眼を惹《ひ》いたのはやはり例の栗の立木でした。河のバンクには栗と柳の立木がつづいています。
 ここらの栗もプッシー・パークに劣らない大木で、この大きい葉のあいだから白い花がぼんやりと青い水の上に映って見えます。その水の上には白鳥が悠々と浮かんでいて、それに似たような白い服を着た若い女が二人でボートを漕《こ》いでいます。M君の動議で小船を一時間借りることになって、栗の木の下にある貸船屋に交渉すると、亭主はすぐに承知して、そこに繋《つな》いである一艘の小船を貸してくれて、
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