を宿しているのも何だか酷《むご》たらしい姿であった。わたしは暫く立っていたが、娘は容易に動きそうもなかった。
堂と真向いの家はもう起きていた。家の軒には桑籠《くわかご》がたくさん積まれて、若い女房が蚕棚《かいこだな》の前に襷《たすき》がけで働いていた。若い娘は何を祈っているのか知らない。若い人妻は生活に忙がしそうであった。
どこかで蛙が鳴き出したかと思うと、雨はさアさアと降って来た。娘はまだ一心に拝んでいた。女房は慌てて軒下の桑籠を片付け始めた。[#地付き](大正5・6「木太刀」)
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栗の花
栗《くり》の花、柿の花、日本でも初夏の景物にはかぞえられていますが、俳味に乏しい我々は、栗も柿もすべて秋の梢にのみ眼をつけて、夏のさびしい花にはあまり多くの注意を払っていませんでした。秋の木の実を見るまでは、それらはほとんど雑木《ぞうき》に等《ひと》しいもののように見なしていましたが、その軽蔑《けいべつ》の眼は欧洲大陸へ渡ってから余ほど変って来ました。この頃の私は決して栗の木を軽蔑しようとは思いません。必ず立ちどまって、その梢をしばらく瞰《み》あげるようになりました。
ひと口に栗と云っても、ここらの国々に多い栗の木は、普通にホース・チェストナットと呼ばれて、その実を食うことは出来ないと云います。日本でいうどんぐり[#「どんぐり」に傍点]のたぐいであるらしく思われる。しかしその木には実に見事な大きいのがたくさんあって、花は白と薄紅との二種あります。倫敦《ロンドン》市中にも無論に多く見られるのですが、わたしが先ず軽蔑の眼を拭《ぬぐ》わせられたのは、キウ・ガーデンをたずねた時でした。
五月中旬からロンドンも急に夏らしくなって、日曜日の新聞を見ると、ピカデリー・サーカスにゆらめく青いパラソルの影、チャーリング・クロスに光る白い麦藁《むぎわら》帽の色、ロンドンももう夏のシーズンに入ったと云うような記事がみえました。その朝に高田商会のT君がわざわざ誘いに来てくれて、きょうはキウ・ガーデンへ案内してやろうと云う。
早速に支度をして、ベーカーストリートの停車場から運ばれてゆくと、ガーデンの門前にゆき着いて、先ずわたしの眼をひいたのは、かのホース・チェストナットの並木でした。日本の栗の木のいたずらにひょろひょろしているのとは違って、こんもりと生い茂った木振《きぶ
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