来るか、禿を使いによこすか、それまでもう少し待っていて貰いたいということになった。女房も承知した。掛橋も二階へ顔をちょっと出して、気の毒そうにその訳をことわって行った。次郎左衛門は掛橋にも十五両やった。
 掛橋が二階を降りると、やがてそのあとから便所へ起つ振りをして、治六も降りた。彼はすぐに茶屋を駈け出して、江戸|町《ちょう》の角で掛橋に追いついた。
「八橋花魁、よっぽど悪いのかね。もしよくねえようだったら、無理に我慢して迎いをよこすことはいらねえ。きょうは引っ返してもいいんだから」
「馬鹿らしい」と、掛橋は笑った。たとい花魁の病気が納まらないとしても、茶屋からすぐに帰る法はない。こっちでも帰されるものでない。ともかくも一旦兵庫屋へ来て、花魁の様子を見届けて、ほかの座敷であっさりと飲んで、それから帰るとも名代《みょうだい》を買うとも勝手にするがいい。花魁の容態の善悪にかかわらず、もう一度必ず迎いに来るから、それまでおとなしく待っていてくれと言った。そうして、彼女は「おお、寒」と、袖をかき合わせて駈けて行ってしまった。
 治六は詰まらない顔をして仲の町の曲がり角に突っ立っていた。八橋の病
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