りょうけん》では行く末が思いやられる。夜が明けたならば宿の亭主とも相談して、あの千両を宿にあずけてしまうに限る。当人の手に握らせて置くのはあぶないと考えた。
 夜の明けるのを待ちかねて、治六は佐野屋の亭主に相談した。どうで千両の金を首へかけて歩いていられるものでない、外へ出る時には宿へあずけて行くに決まっている。そのときに受取ったが最後、なんとか文句を付けて迂闊《うかつ》に渡してくれるなと言った。客の金をあずかっておきながら、それを渡すときに文句を付けるというのは、宿屋として甚だ質《たち》のよくない遣り方で、亭主も少し躊躇したが、しょせんは自分の欲心ですることではない、預け主のために思うのであるという理屈から、亭主も治六の忠義に同情して、結局その相談に乗ることになった。しかし、いよいよその金をあずかるという段になると、次郎左衛門は半分だけしか亭主に渡さなかった。
「八橋に土産もやらなければならない。二階じゅうの者にも相当のことをしてやりたい。まして歳の暮れの物日《ものび》前だ。それ相当の用意がなくって廓へ足踏みができると思うか」
 彼は治六を叱り付けて、五百両を持って供をしろと言った。
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