その晩、治六は自分の相方の浮橋にむかって、それとなく八橋の身代のことを探って見ると、浮橋は急にまじめになった。
「なぜそんなことを聞きなんす。身請けの下ばなしでもありいすのかえ」
「なに、別にそういう訳じゃあねえ」と、治六はいい加減に胡麻化してしまったつもりでいた。
しかし相手の方では胡麻化されていなかった。くるわに馴れている彼女は、これを治六の一料簡ではないと見た。主人の次郎左衛門と内々相談の上で、それとなくさぐりを入れるに相違ないと鑑定した。彼女は直ぐにそれを花魁に耳打ちすると、八橋はしばらく考えていた。
「あとでその御家来さんに逢わせておくんなんし」
引け過ぎになって、次郎左衛門を寝かしつけてから、八橋は治六の名代部屋《みょうだいべや》へそっと忍んで来た。浮橋をそばにおいて、彼女は身請けの話を言い出した。彼女も浮橋の考えた通りに、それはお前の一存ではあるまい、主人に言い付けられてよそながら捜るのであろうと言った。治六は決してそんな訳ではない、ただ一時の気まぐれに訊いて見ただけのことだとまじめに言い訳をしたが、二人の女はなかなか承知しなかった。なんでも正直に白状しろと責めた。
「口は禍いの門《かど》で、飛んでもねえことになったが、まったくなんでもねえことでがすよ」と、治六も困り切っておろおろ声になった。
「嘘をつきなんし」
「隠すと、抓《つね》りんすによ」
八橋は睨んだ。浮橋は小突《こづ》いた。そうして、お前が言わなければ言わないでもいい、わたしが直かに主人に訊いてみると八橋は言った。そんなことを主人の耳に入れられては困ると、治六はあわててさえぎった。困るならば素直に言えと、二人は嵩《かさ》にかかって責めた。
防ぎ切れなくなって、治六もとうとう白状した。主人がいつまでも廓がよいをして、こういう風に無駄な金をつかっていては際限がない。廉《やす》い金でできることならば、いっそここで花魁を請け出してしまった方がいいと思ったので、ほんの自分の一料簡で訊いて見たまでのことである。主人はまったく知らないことであると、何もかも打ち明けて話した。それを聴いて、八橋は又かんがえていた。そうして、幾らぐらいまでの金を出してくれることが出来るのだと訊いた。
「まず、三、四百両、その上はむずかしい」と、治六は正直に答えた。
二人の女は顔を見合せた。とても問題にならないとでもい
前へ
次へ
全70ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング