といっても、月のひかりだけでは果たして尾白であるかどうかは判らなかったが、それが稀有の大鳥であることは疑いもなかった。
「旦那さま……。」と、久助は待ちかねるように小声で呼んだ。
「また騒ぐ。待て、待て。」
 物に慣れている弥太郎は、鳥の影がもう着弾距離に入ったと見ても、まだ容易に火蓋《ひぶた》を切らなかった。鳥は我れをうかがう二つの人影が地上に映っているのを知るや知らずや、大きい翼《つばさ》に颯《さっ》という音を立てて、弥太郎らのあたまの上を斜めに飛んでゆくのを、二人もつづいて追って行った。弥太郎がまだ火蓋を切らないのは、鳥がどこへか降り立つと見ているからであった。
 果たして鳥の影はいよいよ低く大きくなって、欅《けやき》の大樹へ舞いさがろうとした。そのとたんに弥太郎の火蓋は切られた。鳥は一旦撃ち落されたように地に倒れたが、翼を激しく働かせて再び飛び立とうとするので、弥太郎はつづけて又撃った。それにもかかわらず、鳥は舞いあがった。そうして、風のような早さで大空高く飛び去った。
「ああ。」と、久助は思わず失望の声を洩らした。
 鳥の影はまだ見えていながら、もう着弾距離の外にあることを知
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