っている弥太郎は、いたずらに空を睨んでいるばかりであった。
 この時、あなたの欅の大樹――あたかもかの大鷲の落ちた木かげで、奇怪な女の笑い声がきこえた。
「はは、かたきは殺された。ははははは。」
「なに、かたきが殺された……。久助、見て来い。」
 久助は駈けて行ったが、やがて顔色をかえて戻って来た。彼は吃《ども》って、満足に口がきけなかった。
「旦那さま……。若旦那が……。」
「又次郎がどうした。」
「は、はやくお出でください。」
 欅の大樹の前には石地蔵が倒れていた。大樹のかげには又次郎が倒れていた。そのそばに笑って立っているのは、お島の妹のお蝶であった。
 第一発の弾で鷲の落ちたのは、弥太郎も久助も確かに認めた。第二発のゆくえは……。その問いに答えるべく、又次郎の死骸がそこに横たわっているのであった。弥太郎は無言でその死骸をながめていた。久助は泣き出した。お蝶はまた笑った。その笑い声の消えると共に、彼女《かれ》はばたりと地に倒れた。
 おくれ馳せにかけつけた人々は、この意外の光景におどろかされた。どの人も酔いがさめてしまった。

 又次郎は急病ということにして、その死骸を駕籠に乗せ
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