そうして、大きい声で久助を呼んだ。呼ばれて久助は駈けてきたが、彼はもう酔っていた。
「な、なんでございます。」
「鷲の羽音がきこえる。支度をしろ。」
主従二人は直ぐに身支度をして表へ駈けだした。こうなると、他の人々も落着いてはいられなくなった。いずれも半信半疑ながら、思い思いに身支度をした。中には多寡《たか》をくくって、着のみ着のままでひやかし半分に駈けだすのもあった。
出て見ると、それは弥太郎の空耳ではなかった。昼のように明るい冬の月が晃々《こうこう》と高くかかって、碧落《へきらく》千里の果てまでも見渡されるかと思われる大空の西の方から、一つの黒い影がだんだんに近づいてきた。それは鳥である。鷲である。あの高い空の上を翔《かけ》りながら、あれほどの大きさに見えるからは、よほどの大鳥でなければならない。
「旦那さま。尾白でしょうか。」と、久助は勇んだ。
「まだ判らない。騒ぐな。静かにしろ。」
弥太郎は鉄砲を取直した。久助は固唾《かたず》をのんだ。鳥は次第に舞い下がってきて、静かな夜の空に一種の魔風を起すような大きい羽音は、だれの耳にも、もうはっきりと聞えるようになった。いかに明るい
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