お蝶は別に変ったこともなく、母と一緒に病人の介抱をしているという。角蔵の来ない子細はそれで判ったが、お蝶に変ったことのないというのが、少しく又次郎の腑に落ちなかった。
それから又三日を過ぎて、きょうは十月十一日である。二日以来、鷲はおろか、雁の影さえも碌々《ろくろく》に見えないので、人々の緊張した気分もだんだんにゆるんできた。弥太郎の予言はいよいよ当てにならなくなって、蔭では何かの悪口をいう者さえ現われた。
「畜生。今にみろ。」と、主《しゅう》おもいの久助はひそかに憤慨していた。
このあいだから毎日吹きつづけた木枯しも、きのうの夕方から忘れたようにやんで、きょうは朝からうららかな小春|日和《びより》になった。そめ日の夕方には、宿の主人から酒肴の饗応があった。
「どなた様も日々のお勤め御苦労に存じます。お骨休めに一杯召上がって下さいまし。」
一定の食膳以外に、酒肴の饗応にあずかっては相成らぬという掟《おきて》にはなっているが、詰所にあてられている宿許《やどもと》から折りおりの饗応を受けるのは、ほとんど年々の例になっているので、誰も怪しむ者もなかった。かような心配にあずかっては却って
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