迷惑であるという一応の挨拶をした上で、めいめいに膳にむかった。もちろん、出役《しゅつやく》の武士ばかりではない。その家来も見習いの子弟もみな同様の饗応を受けるのであるから、中間どものなかには最初からそれを書き入れにしているのもあった。
又次郎も父とともに広い座敷へ出て、一同とならんで席についた。元来はあまり飲めぬ口であるが、今夜はめずらしく盃をかさねたので、次第に酔いが発してきた。彼は中途から座をはずして、人に覚《さと》られないように庭先へ出ると、十一日の月は物凄いほどに冴えていた。風がないせいか、今夜はさのみに寒くなかった。
御馳走酒に酔ったせいでもあるまいが、又次郎は近ごろに覚えないほどのいい心持になった。彼は暖かいような、薄ら眠いような、なんともいえない心持で、庭の冬木立ちのあいだをくぐりぬけて、ふらふらと表門の外へ出ると、月はいよいよ明るかった。まだ五つ(午後八時)を過ぎたくらいであろうと思われるのに、ここらは深夜のようにしずまって、田畑のあいだに遠く点在する人家の灯もみな消えている。
又次郎はどこをあてともなしに、明るい往来をさまよい歩いていたが、ふと気がつくと、自分の
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