、多年の経験によって弥太郎は若侍らを励ますように言い聞かせた。
「ゆうべも一羽来た。けさは三羽来た。そういうふうにかれらが続けて来る年は、その後も続けて来るものだ。何かの事情で、かれらの棲んでいる深山《みやま》に食い物が著《いちじ》るしく欠乏した為に、二羽も三羽もつながって出て来たのであるから、まだ後からも続いて来るに相違ない。決して油断するな。ことしは案外|獲物《えもの》が多いかも知れないぞ。」
人々も成程とうなずいた。しかもその日は一羽の影を見ることもなくて暮れた。角蔵が来るかと又次郎は待っていたが、彼も姿をみせなかった。娘が乱心のことを女親のまえでは何分にも言い出しにくいので、父を呼んでひそかに言い聞かせようと待ち受けていたのであるが、角蔵はついに来なかった。
その後五日のあいだは毎日強い風が吹きつづけたが、荒鷲は風に乗って来なかった。ことしは獲物が多いという弥太郎の予言も、なんだか当てにならないようにも思われてきた。又次郎は久助を遣わして、角蔵一家の様子を窺わせると、角蔵はあの日に沖へ出て、寒い風に吹かれたせいか、夕方から大熱《だいねつ》を発してその後はどっと寝付いている。
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