信じ、それを恐れて、大蛇を神に祭るなどということも出来《しゅったい》するのである。」
 又次郎は今その講義を思い出した。お蝶もそれと同様で、かれはこの頃にわかに乱心した。それがあたかも鷲撃ちの時節にあたって、周囲の者がしきりに鷲の噂をしている。一昨年以来撃ち洩らしている尾白の大鷲の噂も出たかも知れない。あれほどの大鷲は和田さんでなければ仕留められまいなどと言った者もあるかも知れない。ことにお蝶の姉は和田の屋敷に奉公している関係から、その両親はことしの鷲撃ちについて非常に心配している。どうぞ旦那さまに手柄をさせたいとか、尾白の鷲を旦那さまに撃たせたいとか、かれらは毎日言い暮らしているかも知れない。現に先月もそれがために、お蝶は母と共に川崎大師へ参詣したくらいである。その時のおみくじに凶が出たとかいうことも、お蝶に何かの刺戟をあたえたかも知れない。
 こう考えると、別に不思議はない。お蝶がたとい何事を口走ろうとも、しょせんは周囲の影響をうけた結果に過ぎないのである。自分は臆病者でないと信じていながら、一時はなんとなく薄気味悪いようにも感じさせられたのは、われながら余りにも愚かであったと、又
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