ら》をきせたらば、然るべき武家のお嬢さまの身代り首にもなりそうな、卑しからざる顔容《かおだち》の持ち主であった。信心参りのためでもあろう、親子ともに小ざっぱりした木綿の袷《あわせ》を着て、娘は紅い帯を締めていた。母はやはり珠数を持っていた。
「あれ、まあ。」と、母は初めて気が付いたように、あわてて会釈《えしゃく》した。「久助さんでござりましたか。御新造さまも御一緒で……。」
かれはうろたえたように伸びあがって、群集のなかを見まわすと、その御新造も人ごみを抜けて、桜の木の下に近寄った。
「あれ、御新造さま……。」と、母は形をあらためて丁寧に一礼すると、娘もそのうしろからうやうやしく頭を下げた。
「めずらしい所で逢いました。」と、女もなつかしそうに言った。「お前がたも御参詣かえ。」
「はい。」
とは言ったが、母の声はなんだか陰《くも》っているようにも聞かれた。娘もだまって俯向《うつむ》いていた。かれらには何かの屈託があるらしかった。
「角蔵どんはどうした。達者かえ。」と、下男の久助は訊《き》いた。
「はい。おかげさまで無事に稼いでおります。」と、母は答えた。「あなた方はまだ御参詣はお済
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