みになりませんか。」
「これからだ。おめえ達はもう済んだのか。」
「はい。」
「では、ここに少し待っていておくれでないか。わたし達は御参詣を済ませて来ますから。」
と、女は言った。
「はい、はい。どうぞごゆっくりと御参詣遊ばして……。」
親子二人をここに残して、御新造と下男はふたたび石だたみの道を歩んで行った。人に馴れている鳩の群れはいつまでも飛び去らずに、この親子のまえに餌をひろっていた。
この物語をなめらかに進行させる必要上、ここで登場人物四人の身もとを簡単に説明しておく必要がある。御新造と呼ばれる女は、江戸の御鉄砲方《おてっぽうかた》井上左太夫の組下《くみした》の与力《よりき》、和田弥太郎の妻のお松で、和田の屋敷は小石川の白山前町《はくさんまえまち》にあった。弥太郎は二百俵取りで、夫婦のあいだにお藤と又次郎という子供を持っているが、長女のお藤はことし二十二歳で、四年前から他家に縁付いているので、わが家にあるのは相続人の又次郎だけである。二百俵取りでは、もとより裕福という身分でもなかったが、和田の家は代々こころがけのいい主人がつづいたので、その勝手元はあまり逼迫《ひっぱく》し
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