。その指先は猛鳥の爪のように、又次郎の腕の皮肉に鋭く食い入っているので、彼はまたぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。
「わたしの親を助けてください。」と、お蝶は又言った。
「その親はどこにいるのだ。」
お蝶は掴んでいた手を放して、海とは反対の空を指さした。それを見ているうちに、又次郎はふと考えた。かれの指さす空は武州か甲州の方角である。前にもいう通り、その眼はただの人間の眼ではない、鷲か鷹のごとき猛鳥の眼である。その上に、わたしの親はあなたのお父さまに殺されるという。それらを綜合して考えると、お蝶の親は鷲であるというような意味にもなる。――こう考えて、又次郎はまた思いなおした。世にそんな奇怪なことのあろう筈がない。お蝶は確かに角蔵夫婦の子で、お島の妹である。武州や甲州の山奥から飛んでくる鷲の子――それが人間の形となって自分の前に立っているなどということは、昔の小説や作り話にもめったにあるまい。
自分が夢をみているのか、お蝶が乱心しているのか、二つに一つのほかはない。勿論、後者であると又次郎は判断した。乱心ならば不憫《ふびん》な者である。なんとか宥《なだ》めて親たちに引渡してやるのが、自分として採るべき道であろうと思ったので、彼はにわかに声をやわらげた。
「わかった、判った。おまえの親はあの方角から来るのだな。よし、判った。わたしからお父さまに頼んで、きっと殺さないようにしてやる。安心していろ。」
「きっと頼んでくれますか。」
「むむ、頼んでやる。して、おまえの親の名はなんというのだ。」
「世間では尾白といいます。」
「尾白……。」と、又次郎は再びぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。
それが男親であるか女親であるかを問いただそうかと思ったが、なんだか薄気味悪いのでやめた。その一|刹那《せつな》である。お蝶はにわかに何物にか驚かされたように、その燃えるような眼をいよいよ嶮《けわ》しくしたかと思うと、鳥のように身をひるがえして元の大樹のかげに隠れた。又次郎もそれに驚かされて見かえると、自分のうしろから父の弥太郎が足早に来かかった。弥太郎は鉄砲を持っていた。
「お父さま。」
「お前もここらに来ていたのか。」と、弥太郎は不興らしく言った。
「久助の話では三羽ともに取り逃がしたそうで……。」
「みんな逃げてしまった。」と、父は罵るように言った。「ゆうべに懲《こ》りて、けさ
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