と出ましたので……。」
主人の身の上を案じて、日ごろ信仰する大師さまのお神鬮を頂いたところが、母にも娘にも凶というお告げがあったので、自分たちはひどく心配している。御新造さまも御心配の最中であるから、先日はそれをお耳にいれるのを遠慮したが、なにぶんにも気にかかってならないので、あなたにまで内々で申上げるというのである。年の若い侍は勿論それに耳を仮《か》さなかったが、元来が物やさしい生れの又次郎は、頭からそれを蹴散らそうともしなかった。彼はまじめにうなずいてみせた。
「いや、親切にありがとう。お父さまは勿論、わたしたちも随分気をつけることにしよう。」
「どうぞくれぐれもお気をおつけ遊ばして……。」
主人思いの角蔵夫婦もこの上には何とも言いようがなかった。又次郎もほかに返事のしようがなかった。それから続いて鷲撃ちの話が出て、ことしは九月以来、鷲が一羽も姿を見せなかったこと、ゆうべ初めて一羽の仔鷲を見つけたが、鉄砲方が不馴れのために撃ち損じたこと、それらを夫婦が代るがわるに話したが、いずれもすでに承知のことばかりで、特に又次郎は興味をそそるような新しい報告もなかった。
長居をしては悪いという遠慮から、夫婦はいいほどに話を打切って帰り支度にかかった。
「いずれ又うかがいます。旦那さまにもよろしく……。」
「むむ。逗留中は又来てくれ。」
たがいに挨拶して別れようとする時に、表はにわかに騒がしくなった。ここの家の者共も皆ばらばらと表へかけ出した。
「鷲だ、鷲だ、鷲が三羽来た……。」と、口々に叫んだ。
「なに、鷲が三羽……。」
又次郎もにわかに緊張した心持になって、空をあおぎながら表へ駈け出した。角蔵夫婦もそのあとに続いた。
四
表へ出ると、そこにもここにも土地の者、往来の者がたたずんで、青々と晴れ渡った海の空をながめていた。鉄砲方の者も奔走していた。
この混雑のなかを駈けぬけて、又次郎はまず海端《うみばた》の方角へ急いで行くと、途中で久助に逢った。
「どうした、鷲は……。」
「いけねえ。いけません。三羽ながらみんな逃げてしまいました。」
「また逃がしたのか。」と、又次郎は思わず歯を噛んだ。「して、お父さまは……。」
「さあ。わたくしも探しているので……。確かにこっちの方だと思ったが……。」
彼もよほど亢奮《こうふん》しているらしい。眼の前に立ってい
前へ
次へ
全24ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング