思ったので、彼は窓から表を覗くと、一人の侍が傘をなげ捨てて刀をぬいて、そこらを無暗に斬り払っているようであったが、やがて刀を持ったままで雪のなかに坐り込んでしまった。
酔っているのかどうかしたのかと、門番は潜《くぐ》り門をあけて出ると、それはかの石川房之丞であることが判った。石川はよほど疲れたように、肩で大きい息をしながら空《くう》を睨んでいるので、ともかくも介抱して玄関へ連れ込んで、その次第を用人の鳥羽田に訴えると、鳥羽田もすぐ出て行って、女中たちに指図してまず石川のからだの雪を払わせ、水など飲ませて置いて奥へ知らせに来たのであった。
「さあ、しっかりしろ、しっかりしろ。」
大勢に取巻かれながら、石川は座敷へはいって来た。石川はことし二十歳《はたち》で、去年から番入りをしている。彼の父は小笠原流の弓術を学んで、かつて太郎射手《たろういて》を勤めたこともあるというほどの達人であるから、その子の石川も弓をよく引いた。やや小兵《こひょう》ではあるが、色のあさ黒い、引緊った顔の持主で、同じ年ごろの友達仲間にも元気のよい若者として知られていた。その石川の顔が今夜はひどく蒼ざめているのが人々
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