て》づたいに歩み去って、濠の中へはいってしまったので、さてはお濠に棲む河童《かっぱ》であろうと思った。男の子はその後しばらく姿を見せなかったが、ある日又たずねて来て、さきごろの飴の礼だといって、一枚の銭を呉れて行った。銭は表に馬の形があらわれていて、裏には十二支と東西南北の文字が彫られてあったということである。こうした類の怪談は江戸時代の山の手には多く伝えられていたらしい。
 そこで、今夜かの三人の若侍が見たという怪しい老婆も、その場所が鬼婆横町であるだけに、もしやかの伝説の鬼婆ではないかという疑いが諸人の胸にわだかまって、歌留多はそっちのけに、専らその妖婆の問題を研究するようになったのである。
「石川は遅いな。」と、言い合せたように二、三人の口から出た。
 その時である、用人の鳥羽田重助があわただしくこの座敷へはいって来た。
「石川さんが御門前に坐っているそうでございます。」
「石川が坐っている……。どうした、どうした。」
 待ち兼ねている人々はばらばらと座を起った。

     二

 石川房之丞が高原の屋敷の門前に坐っていたというのは、門番の報告である。門前が何か物騒がしいように
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