に弱ってゆく去年の冬の初めであった。
 旗本屋敷の中小姓がおもな勤めは、諸家への使番と祐筆《ゆうひつ》代理とであった。人品がよくてお家流を達者にかく林之助は、こうした奉公の人に生まれ付いていたので、屋敷内の気受けも悪くなかった。屋敷へはいってからも、林之助は用の間《ひま》をみてお絹にたびたび逢いに来た。東両国の観世物《みせもの》小屋の楽屋へも時どき遊びに来た。それが今年の川開き頃からしだいに足が遠くなって、お絹の家《うち》にも楽屋にも林之助の白い顔が見えなくなった。焼けるような真夏の暑さにむかって青い蛇は生き生きした鱗《うろこ》の色をよみがえらせたが、蛇つかいの顔には暗い影が始終まつわっていた。
「どう考えても向柳原の仕打ちが其《そ》でねえようだ」と、豊は最後の判決をくだした。「ちっとぐれえ姐さんが無理をいったところで、そりゃあ柳に受けているだけの義理もあろうというもんだ。なにしろ、かれこれ一年の余もああして世話になった以上は……。おいらっちのようなこんな人間でも、人の世話になったことは覚えている。まして痩せても枯れても二本差しているんじゃねえか。堀川のお俊《しゅん》を悪く気取って、世
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