ように出て行ってしまった。
「あれ、姐さん」
 跣足《はだし》で追って出ようとするとお絹を、お君はころげるように駈けて来て抱き止めた。
「姐さん、お待ちなさいよ。林さんはもう遠くへ行ってしまったわ」
 お絹は燃えるような息をついて土間に突っ立っていた。
「姐さん、嘘よ、嘘よ。お花さんの言うことはみんな嘘よ。林さんはなんにも知りゃあしないのよ。列び茶屋の娘なんて皆んな嘘よ。きっと嘘に相違ないのよ」
 嘘という字を幾つも列べて、お君はおどおど[#「おどおど」に傍点]しながらも一生懸命にお絹をなだめようとすると、お絹は解けかかった水色の細紐《しごき》を長く曳きながら、上がり框《がまち》へくずれるように腰をおとした。
「寝衣《ねまき》のまんまでこんなところにいると悪いわ。早く内へおはいんなさいよ」
 台所から雑巾《ぞうきん》を持って来て、お君はお絹の足を綺麗に拭いてやって、六畳の寝所《ねどこ》の方へいたわりながら連れ込んだ。お絹は枕を抱えるようにして蒲団の上に俯伏したが、その痩せた肩に大きい波を打っているのを、お君は不安らしく眺めていた。
「さっきのお薬をあげましょうか」
「いいよ、いいよ。あ
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