り付かないのを、彼女は病気になるほど怨んでいた。
上《かみ》の御用が忙がしいので屋敷が抜けられない。そういう余儀ない事情があるのを知りながら、男を怨むほどの初心《うぶ》でもない、わからずやでもないと、お絹は自分で自分の値踏みをしていた。しかし、林之助が姿をみせないのはほかに理由《わけ》があるらしい。その疑いが彼女の胸に強い根を張って、もしそれが果たして事実ならば、男を執り殺してやりたいほどに口惜《くや》しく思いつめていた。
うたがいの相手はやはりこの両国の列《なら》び茶屋のお里《さと》という娘で、その店へときどきに林之助が入り込んでいるという噂が、お辰やお花の口から彼女《かれ》の耳にもささやかれた。勿論、茶屋へ行って茶を飲んだからといって不思議はないが、このごろ自分のところへちっとも寄り付かないという事実に照らしあわせると、それが深い意味をもっているように疑われないでもなかった。お絹の疑いは一日増しに根強くなって、もうこの頃ではどうしてもそうなければならないと思われるようになってきた。
「今に証拠を見つけてやる」と、彼女は心のうちで叫んでいた。お辰やお花にも鼻薬《はなぐすり》をやっ
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