四角張った顔と旅人の尖った顔とが、うず巻く煙りのあいだからぼんやりと浮いてみえた。

     二

「おかげさまでだいぶ暖かくなりました。」と、旅人は言った。「まだ九月の末だというのに、ここらはなかなか冷えますね。」
「夜になると冷えて来ますよ。なにしろ駒ヶ嶽では八月に凍《こご》え死んだ人があるくらいですから。」と、重兵衛は焚火に木の枝をくべながら答えた。
 それを聞いただけでも薄ら寒くなったように、旅人は洋服の襟をすくめながらうなずいた。
 この人が来てからおよそ半時間ほどにもなろうが、そのあいだにかの太吉は、子供に追いつめられた石蟹のように、隅の方に小さくなったままで身動きもしなかった。が、彼はいつまでも隠れているわけにはいかなかった。彼はとうとう自分の怖れている人に見付けられてしまった。
「おお、子供衆がいるんですね。うす暗いので、さっきからちっとも気がつきませんでした。そんならここにいいものがあります。」
 かれは首にかけた雑嚢の口をあけて、新聞紙につつんだ竹の皮包みを取出した。中には海苔巻のすしがたくさんにはいっていた。
「山越しをするには腹が減るといけないと思って、食い物
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