木曽の旅人
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)寂《さび》れ切って

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)子|煩悩《ぼんのう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)がた[#「がた」に傍点]馬車
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     一

 T君は語る。

 そのころの軽井沢は寂《さび》れ切っていましたよ。それは明治二十四年の秋で、あの辺も衰微の絶頂であったらしい。なにしろ昔の中仙道の宿場《しゅくば》がすっかり寂れてしまって、土地にはなんにも産物はないし、ほとんどもう立ち行かないことになって、ほかの土地へ立退《たちの》く者もある。わたしも親父《おやじ》と一緒に横川で汽車を下りて、碓氷《うすい》峠の旧道をがた[#「がた」に傍点]馬車にゆられながら登って下りて、荒涼たる軽井沢の宿に着いたときには、実に心細いくらい寂しかったものです。それが今日《こんにち》ではどうでしょう。まるで世界が変ったように開けてしまいました。その当時わたし達が泊まった宿屋はなにしろ一泊二十五銭というのだから、大抵想像が付きましょう。その宿屋も今では何とかホテルと
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