いものか。日がくれて里へ帰る樵夫《きこり》か猟師が唄っているんだ。」
「いいえ、そうじゃないよ。怖い、怖い。」
「ええ、うるさい野郎だ。そんな意気地なしで、こんなところに住んでいられるか。そんな弱虫で男になれるか。」
叱りつけられて、太吉はたちまちすくんでしまったが、やはり怖ろしさはやまないとみえて、小屋の隅の方に這い込んで小さくなっていた。重兵衛も元来は子|煩悩《ぼんのう》の男であるが、自分の頑丈に引きくらべて、わが子の臆病がひどく癪にさわった。
「やい、やい、何だってそんなに小さくなっているんだ。ここは俺たちの家だ。誰が来たって怖いことはねえ。もっと大きくなって威張っていろ。」
太吉は黙って、相変らず小さくなっているので、父はいよいよ癪にさわったが、さすがにわが子をなぐりつけるほどの理由も見いだせないので、ただ忌々《いまいま》しそうに舌打ちした。
「仕様のねえ馬鹿野郎だ。およそ世のなかに怖いものなんぞあるものか。さあ、天狗でも山の神でもえてもの[#「えてもの」に傍点]でも何でもここへ出て来てみろ。みんなおれが叩きなぐってやるから。」
わが子の臆病を励ますためと、また二つには唯
前へ
次へ
全25ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング