吉は生き返ったように這い起きて来た。「怖い人が行ってしまって、いいねえ。」
「なぜあの人がそんなに怖かった。」と、重兵衛はわが子に訊いた。
「あの人、きっとお化けだよ。人間じゃないよ。」
「どうしてお化けだと判った。」
 それに対してくわしい説明をあたえるほどの知識を太吉はもっていなかったが、彼はしきりにかの旅人はお化けであると顫えながら主張していた。重兵衛はまだ半信半疑であった。
「なにしろ、もう寝よう。」
 重兵衛は表の戸を閉めようとするところへ、袷の筒袖で草鞋がけの男がまたはいって来た。
「今ここへ二十四五の洋服を着た男は来なかったかね。」
「まいりました。」
「どっちへ行った。」
 教えられた方角をさして、その男は急いで出て行ったかと思うと、二、三町さきの森の中でたちまち鉄砲の音がつづいて聞えた。重兵衛はすぐに出て見たが、その音は二、三発でやんでしまった。前の旅人と今の男とのあいだに何かの争闘が起ったのではあるまいかと、かれは不安ながらに立っていると、やがて筒袖の男があわただしく引っ返して来た。
「ちょいと手を貸してくれ、怪我人がある。」
 男と一緒に駈けて行くと、森のなかには
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