に出逢っても、太吉はなれなれしく小父《おじ》さんと呼んでいた。それが今夜にかぎって、普通の不人相《ぶにんそう》を通り越して、ひどくその人を嫌って恐れているらしい。相手が子供であるから、旅人は別に気にも留めないらしかったが、その平生を知っている父は一種の不思議を感じないわけにはいかなかった。
「なぜ食わない。折角うまい物を下すったのに、なぜ早く頂かない。馬鹿な奴だ。」
「いや、そうお叱りなさるな。小児というものは、その時の調子でひょいと拗《こじ》れることがあるもんですよ。まあ、あとで食べさせたらいいでしょう。」と、旅人は笑いを含んでなだめるように言った。
「お前が食べなければ、お父《とっ》さんがみんな食べてしまうぞ。いいか。」
父が見返ってたずねると、太吉はわずかにうなずいた。重兵衛はそばの切株の上に皮包みをひろげて、錆びた鉄の棒のような海苔巻のすしを、またたく間に五、六本も頬張ってしまった。それから薬罐のあつい湯をついで、客にもすすめ、自分も、がぶがぶ飲んだ。
「時にどうです。お前さんはお酒を飲みますかね。」と、旅人は笑いながらまた訊いた。
「酒ですか。飲みますとも……。大好きですが
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