》の正直、其の夜再び出直して来た。此方《こっち》も雪に降籠められて退屈の折柄、其の猟師と炉を囲んで四方山の談話《はなし》に時を移すと、猟師曰く、私《わし》は何十年来この商売を為《し》ていますが、この信州の山奥では時々に不思議な事があります、私共の仲間では此れを一口に『怪物《えてもの》』と云いまして、猿の所為《しわざ》とも云い、木霊《こだま》とも云い、魔とも云い、その正体は何だか解りませんが、兎にかく怪しい魔物が住んでいるに相違ありません。と、冒頭《まくら》を置いて語り出したのが、即ち次の物語だ。因《ちなみ》に記す、右の猟師は年のころ五十前後で、いかにも朴訥で律儀らしく、決して嘘などを吐くような男でない。
昔からのお噺《はなし》をすれば種々《いろいろ》あるが、先ず近い所では現に三四年前、私が二人の仲間と一所に木曽の山奥へ鳥撃に出かけた事がある。そういう時には、一日は勿論、二日三日も山中を迷い歩く事があるから、用心の為に米または味噌、鍋釜の類まで担いで行く。で、日の暮れかかる頃、山奥の大樹の蔭に休んで、ここに釜を据え、有合《ありあ》う枯枝や落葉を拾って釜の下を焚付け、三人寄って夕飯の支度
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