こういう時には案外の寄附金が集まって、番頭は留桶新調の実費以外に相当の収入があったという。
 留桶新調のほかに、留桶を毎日使用している客は、盆暮の二季に幾らかの祝儀を番頭に遣るのが習であった。そんなわけで、辛抱人の番頭は金を溜めることが出来た。まだ其のほかに貰い湯というものがあった。正月と盆の十六日は番頭の貰い湯と称して、焚物の実費だけを主人に支払い、入浴料はすべて自分の所得となるので、当日は番頭自身が番台に坐りやはり白木の三宝を控えて、例の「おひねり」の湯銭を受取るのであった。この日も浴客は普通以上の湯銭を包んで行き番頭も一々丁寧に礼を云った。
 菖蒲湯、ゆず湯、盆と正月の貰い湯、留桶新調、それらのほかに正月の三ヶ日間は番台に例の三宝を置いて、おひねりを受取る。これは湯屋の所得である。こういう風に数えて来ると、なんの彼のと名をつけて、普通の入浴料以外のものを随分徴収されたようであるが、一年三百六十五日の長いあいだに、そのくらいの事は仕方がないと覚悟して、別に苦情をいう者もなかった。今日に比べると、その当時の浴客は番台と親しみが深いようであった。番台には今日と同様、湯屋の亭主か女房か又
前へ 次へ
全11ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング