許可しながら、湯屋の二階だけを禁止するのは不公平だという議論もあったが、湯屋が本業である以上、副業の二階を禁じられても公然の反対は出来なかったので、湯屋の二階はここに亡び、「湯屋の姐さん」という名称も消滅した。
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毎年十月の候になると、流し場の壁や羽目に「例年の通り留桶新調仕候」というビラが掛けられる。これは三助(東京では普通に番頭という)に背中を洗わせる客に限って使用させる小判形の桶を新調するという意味で、単に新調するというのではなく、その桶を新調するに付、幾分の寄附をしてくれと云うのである。留桶を平生使用している客は、それに対して五十銭、一円、或は二三円を寄附するのが習で、湯屋の方では「金何十銭、何某様」と書いた紙を一々貼り出すことになっているから、客は自分の面目上、忌でも相当の寄附をしなければならない。悪い習慣だと批難する人もあるが、留桶を新調するのは番頭の負担で、湯屋の主人は一切関係しない事になっているのであるから、番頭も寄附金を募らなければ遣切れないという理窟にもなる。花柳界に近い場所や、下町の盛り場にある湯屋では、浴客にみな相応の見栄があるから、
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