、お静は占い者の判断をいつわらず綾衣に報告した。
「ですから、気をおつけなせえましよ。そうして、神信心《かみしんじん》を怠っちゃあなりやせん」と、お静は親切に言った。
 こんな話は当人ぎりで、誰の耳へもひびく筈ではないのであるが、お静が仲の町の茶屋へ遊びに行って、何かの話をしているうちに、かの占い者の噂が出た。そのときに自分が或る花魁に頼まれて行ったら、剣難の相があると言われてびっくりしたというようなことを、うっかりしゃべった。勿論、お静は綾衣の名を指しはしなかった。しかし前後の話の工合いから、それはどうも綾衣らしいという噂が立った。大菱屋の亭主も心配し出した。廓という世界に生きている人たちに対しては、うらないやお神籤《みくじ》が無限の権力をもっていた。
 亭主は綾衣を呼んでそれとなく注意を与えた。綾衣は黙って聴いていた。
 剣難といえば先ずひとに斬られるか、みずからそこなうかの二つである。呪われたる人の多い世ではあるが、遊女にはこの二つの危険が比較的に多かった。取り分けて遊女屋の主人に禍《わざわ》いするのは、廓《くるわ》に最も多い心中沙汰であった。恋にとけあった男と女とのたましいが、
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