って歩いている人たちの裳《すそ》に這いまつわって、砂の烟《けぶ》りが小さい渦のようにころげてゆくのが夜目にもほの白く見えた。春の夜の寒さを呼び出すような按摩の笛が、ふるえた余音《よいん》を長くひいて横町の方から遠くきこえた。
江戸|町《ちょう》の角から箱提灯のかげが浮いて出た。下がり藤の紋があざやかに見えた。戦場の勇士が目ざす敵の旗じるしを望んだ時のように、外記は一種の緊張した気分になって、ひとみを据えてきっと見おろしていた。提灯が次第にここへ近づくと、女房も女中もあわてて階子を駈けおりて行った。
「さあ、花魁、おあがりなされまし」
口々に迎えられて、若い者のさげた提灯の灯は駿河屋の前にとまった。振袖新造《ふりそでしんぞう》の綾鶴と、番頭新造の綾浪と、満野《みつの》という七つの禿《かむろ》とに囲まれながら、綾衣は重い下駄を軽くひいて、店の縁さきに腰をおろした。
「皆さん、さっきはお世話でありんした」
立兵庫《たてひょうご》に結った頭を少しゆるがせて、型ばかり会釈した彼女は鷹揚ににっこり[#「にっこり」に傍点]笑った。綾衣は俗にいう若衆顔のたぐいで、長い眉の男らしく力んだ、眼の大き
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