《かちどき》をあげたが、理を非にまげられた相手の女中は面白くなかった。殊に綾衣が駿河屋の肩を持っているらしく見えたので、彼女はいよいよ不平であった。結局今夜のその客はほかの花魁へ振り替えて、綾衣のところへは送らないということで落着《らくぢゃく》した。たとい初会の客にせよ、こうしたごたごた[#「ごたごた」に傍点]で、綾衣は今夜一人の客を失ってしまった。
外記が茶屋の二階で苛々している間に、女房や女中はこれだけの働きをしていたのであったが、それは茶屋が当然の勤めと心得て、別に手柄らしく吹聴《ふいちょう》しようとも思わなかった。かえってそんな面倒は客の耳に入れない方がいい位に考えていたので、女房はいい加減に外記の手前を取りつくろって置いたのであった。
なんにも知らない外記は唯うなずいていると、女中がつづいてあがって来た。
「綾衣さんの花魁がもう見えます」
「そうかえ」
女房は二階の障子をあけて、待ちかねたように表をみおろした。外記もうかうか[#「うかうか」に傍点]と起って覗いた。外にも風がよほど強くなったと見えて、茶屋の軒行燈の灯は一度に驚いてゆらめいていた。浮かれながらも寒そうに固ま
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