おいらん》ももうお見えでござりましょう。まずちっとお重ねなされまし」と、彼女が銚子をとろうとすると、外記は笑いながら頭《かぶり》をふった。
「知っての通り、おれは余り酒は飲まないのだから、まあ堪忍してくれ。このうえ酔ったらもう動けないかも知れない」
 男には惜しいような外記の白い頬には、うすい紅《べに》が流れていた。
「よろしゅうござります。殿様が動けなくおなり遊ばしたら、新造《しんぞう》衆が抱いて行って進ぜましょう。たまにはそれも面白うござります」と、女房は口に手を当てて同じように笑っていた。
「いや、まだよいよい[#「よいよい」に傍点]にはなりたくない」と、外記も同じように笑っていた。
「それにしても花魁の遅いこと、もう一度お迎いにやりましょう」
 女房は会釈《えしゃく》して階子《はしご》を軽く降りて行った。
「ああ、そんなに急《せ》き立てるには及ばない」と、外記がうしろから声をかけた時には、女房の姿はもう見えなかった。
 実際そんなに急ぐには及ばない。急ぐと思われては茶屋の女房の手前、さすがにきまりが悪いようにも外記は思った。きのうは具足《ぐそく》開きの祝儀というので、よんどころ
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