門《さんざえもん》も諫《いさ》めた。取り分けて叔父の吉田|五郎三郎《ごろうさぶろう》からは厳しく叱られたが、叔父や妹や家来どもの怒りも涙も心づかいも、情に狂っている若い馬一匹をひきとめる手綱《たづな》にはならなかった。馬は張り切った勢いで暴《あば》れまわった。暴馬《あれうま》は厩《うまや》に押しこめるよりほかはない。外記は支配|頭《がしら》の沙汰として、小普請組という厩に追い込まれることになった。
家の面目と兄の未来とをしみじみ考えると、これだけのことを話すにも、お縫は涙がさきに立った。俯向《うつむ》いて一心に聴いているお時も、ただ無暗に悲しく情けなくなって、着物の膝のあたりが一面にぬれてしまうほどに熱い涙が止めどなしにこぼれた。
「まあ、どうしてそんな魔が魅《さ》したのでござりましょう」
学問も出来、武芸も出来、情け深いのは親譲りで、義理も堅く、道理もわきまえている殿様が、廓《くるわ》の遊女に武士のたましいを打ち込んで、お上《かみ》の首尾を損じるなどとは、どう考えても思い付かないことであった。魔が魅したとでも言うよりほかはなかった。
しかし今となっては、誰の力でもどうすることも
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