の花が生けてあった。外記は夜目に黒ずんだその花を見るともなしに眺めていた。二人は又しばらく黙っていた。
女は男の心の奥を測りかねていた。男は言うに言われない苦労を胸に抱えているらしく思われるのに、なぜあらわに打ち明けてくれないのか。それが水臭いような、恨めしいようにも思われてならなかった。どんな事でもいい、聞けば聞いたように自分にも覚悟がある。たとい天が落ちて来ようとも地が裂けようとも、今更おどろくような意気地なしの自分ではない。それは万々《ばんばん》知っている筈の外記がなぜ卑怯に隠し立てをするのか、それが憎いほどに怨めしかった。今となって男の心が疑わしくもなった。
「ぬしは奥様でもお貰いなんすのかえ」
途方もない不意撃ちを喰らわして探りを入れると、外記は思わず噴きだした。
「馬鹿を言え、そんな気楽な沙汰かい」
「気楽でないと言わんすなら、また新しい苦労でも殖えなんしたかえ。主《ぬし》はなぜそのように物を隠しなんす。お前、ひと間住居《まずまい》とやらにでもなりんすのかえ」と、綾衣は厚い三栖紙《みすがみ》を膝に突いて摺り寄った。
一間住居というのは座敷牢である。武家で手にあまる道楽者などがあると、戸障子《としょうじ》を釘づけにした暗いひと間をあらかじめ作っておいて、親類一同が立会いで本人に一間住居を言い渡す。そうなったら否も応もない。大勢がまずその大小を奪い取って、手籠《てご》めにしてその暗いひと間へ監禁してしまうのである。廓へ深入りした若侍でこの仕置きを受けた者がしばしばあることは、綾衣もかねて聞いていた。
「実はそんな相談もあったらしい」と、外記ももう隠していられなくなった。口では苦笑いをしながらも、すぐにそのくちびるから軽い溜め息がもれた。
「おや、そんなら何どきそのむごい目に逢わんすかも知れんすまいに、おまえ、その時はどうしなんす」
「それは当分沙汰止みになったらしい、市ヶ谷の叔父が不承知で……。叔父はずいぶん口|喧《やか》ましいのでうるさいが、又やさしい人情もある。もう少し仕置きを延ばして、当人の成り行きを見届けるというような意見で、ほかの親類共もまず見合せたらしい。こんなことはみんなおれに隠しているが、角助めがどこからか聞き出して来る。なかなか抜け目のない奴だ」
笑う顔のいよいよ寂しいのが綾衣の眼には悲しく見えた。この頃は少しく細ったような男の白い
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