いのは、もしそんな怪物が来て人間を引っ担いで行くとしたら、なにか声でも立てそうなものだと思うんですが……。すこしでも声を立てれば、そばに寝ている者のうちで誰か眼をさます者もある筈ですが……。」
「ドイルの小説によると、その猿は恐ろしい力で、まず寝ている人間の胸の骨をぐっと押すと、骨は砕けてひと息に死んでしまう。それを易々《やすやす》と担いで行くんだということです。たといひと息に死に切らないものでも、その恐ろしい力で胸を押されて、もう半死半生になった上に、かつて見たこともないような怪物が自分の上にのし掛かっているんですから、大抵のものは異常の恐怖にとらわれて、もう声を出す元気もないだろうと思われます。」と、高谷君は重ねて説明した。
「そうでしょう。しかし……。」と、丸山はまだ疑うように勇造の方を見返った。「我れわれもそう思ったもんですから、毎晩代るがわるに小屋の周囲を見廻って、威嚇《いかく》にピストルを撃ったこともあります。猛獣は火を恐れるというので、所々に焚火をしたこともあります。それでもやっぱり無効でした。現に十二ヵ所も篝火《かがりび》を焚いた晩に、日本人は攫って行かれたんです。」

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