消えてなくなる訳のものでありませんから、私はまずこれを猿の仕業《しわざ》と鑑定しました。」
「ごもっともです。」
「あなたも御同感ですか。」
「私もそれよりほかに考えはありません。さっきからお話を聞いているうちに、私はドイルの小説を思い出しました。」
「はあ、それはどんなことです。」と、丸山はテーブルの上に肱《ひじ》を押出した。
 隅の方の椅子によりかかっている勇造も、眼をかがやかして聞き澄ましていた。

     二

「無論に作り話でしょうが、ドイルの小説にはこういうことが書いてあるんです。大西洋のある島の耕作地でやはり人間が紛失する。骨も残らない、血のあともない。よく詮議《せんぎ》してみると、結局それは大きい黒|猩々《しょうじょう》の仕業であったというのです。」と、高谷君は説明した。「今度の事件も余ほどよく似ているようですから、あるいはドイルの小説が事実となって、我れわれの見たこともないような奇怪な猿のたぐいが、夜なかにこの小屋へおそって来て、そっと人間を攫《さら》って行くんじゃありませんかしら。」
「なるほど。」と、丸山もうなずいた。「そこらが好い御鑑定です。ただ少し腑に落ちな
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