んですけれど、影も形もみえません。なにか猛獣でも襲って来るのか、あるいは山奥から我れわれの知らない野蛮人でも忍んで来るのかとも思ったんですが、死骸も残っていない。骨も残っていない。血のあとも残っていないというのですから、一体どうしたのかちっとも見当が付きません。丁度あなたがお出でになったのを幸いに、あなたの御意見をうかがいたいと思うんですが……。どうでしょう、世間にこんなことがあるでしょうか。」
「さあ。」と、高谷君も首をかしげた。「行くえ不明になった人間はひとりで寝ていたんですか。それとも誰かそのそばに寝ていたんですか。」
「いや、それがまた不思議なんです。ひとりで寝ていたのならば、まだしもの事ですけれども、日本人は大抵七、八人ずつ一軒の小屋に枕をならべて寝ているんです。まして原住民は十人も二十人も土間にアンペラを敷いて、一緒にかたまって転寝《ごろね》をしているんですから、かりに猛獣が来ても、野蛮人が来ても、ほかの者に覚《さと》られないようにそっと一人をさらって行くということは、よほど困難の仕事で、誰か気のつく者がある筈《はず》です。ねえ、そうじゃありませんか。しかし人間が理屈なしに
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