からなかった。
「まだ遠くは行かない筈だ。」
 丸山は衣兜《かくし》からピストルを取出して表へ駈け出した。高谷君も用意のピストルをとって、つづいて駈け出した。しかしどっちへ行くという方角も立たないので、ふたりは雷雨のなかをうろうろしていると、蒼い稲妻がまた光って、その光りに照らされた麻畑のあいだに勇造のうしろ姿が見えた。ふたりは瀑布《たき》のような雨を衝いて麻畑のなかへまっしぐらに追って行った。稲妻が消えると、あとはもとの暗やみになってしまったので、二人は再び方角に迷ったが、勇造は堤の方へ行ったらしく思われたので、ふたりは頻りにその名を呼びつづけながら、麻畑を駈けぬけて河の岸へ出ると、雷はまた鳴った。稲妻もつづいて走った。その光りの下に勇造の姿がまたあらわれた。かれは堤から河の方へ降りて行くのである。
「弥坂君……勇造君……。」
「勇造……弥坂……。」
 喉《のど》が裂けるほどに呼びながら、ふたりは堤から駈け降りようとすると、ぬれた草に滑って丸山がまず転んだ。高谷君も転んだ。ふたりとも大きい蔓草《つるくさ》に縋《すが》ったので、幸いに河のなかへ滑り落ちるのを免かれたが、そのあいだに勇造
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