ったが、風雨に馴《な》れている丸山は勇造がどこかへ出て行く足音を聞きつけたと見える。かれは頻《しき》りに勇造の名を呼んだが、隣りではなんの返事もなかった。
「この降るのに、どこかへ出たんですか。」と、高谷君は不安らしく訊いた。
「どうもそうらしい。」と、丸山は神経が亢奮《こうふん》したように言った。
 かれは突然に起ち上がってマッチの火をすりはじめた。高谷君も手伝って、ようようのことで蝋燭に火をともした。
 土間はもう三寸以上も雨水に浸されていた。ふたりはその水を渡りながら、蝋燭の火を消さないように保護してあるき出した。となりの部屋とのあいだには四尺ばかりの入口があって、簾《すだれ》代りのアンペラが一枚垂れていた。そのアンペラをかかげて隣りの部屋を覗いてみると、果たしてそこには勇造の姿がみえなかった。
「あ、やられたかな。」と、丸山は跳《おど》り上がって叫んだ。その途端に蝋燭の火は消えてしまった。
 言い知れない恐怖に襲われながら、高谷君はあわててマッチをすった。もう蝋燭をともすのももどかしいので、二人はあらん限りのマッチをすって、そこらじゅうを照らしてみたが、勇造の姿はどうしても見付
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