るつもりであったが、あまりに人なつかしく持成《もてな》されるので、高谷君も早くは起《た》てなくなって、いろいろの話に二時間あまりを費してしまった。そのうちに丸山はこんなことを言い出した。
「この頃はここらに可怪《おかし》なことが始まりましてね。労働者がみんな逃げ腰になって困るんですよ。」
「おかしなこと……。どんなことが始まったんです。」
「人間がなくなるんです。先月からもう五人ばかり行くえ不明になりました。」と、丸山は顔をしかめながら話した。
「どうしたんでしょう。」
「判りません。なんでも四、五年前にもそんなことが続いたので、今までここに在住していたオランダ人はみんな立退《たちの》いてしまって、しばらく無人島のようになっていた所へ、我れわれが三年まえから移って来て、今まで無事に事業をつづけていたんです。勿論、来た当座は十分に警戒していましたが、別に変ったこともないので、みんなも安心していました。原住民たちも一時は隣りの島へ立退いていたんですが、これもだんだんに戻って来て、今ではこうして我れわれと一緒に働いています。ところが、先月の末、二十五日の晩でした。この小屋の近所に住んでいる原住民の女が突然に行くえ不明になったんです。どこへ行ったのか判りません。結局は河縁《かわべり》へ水を汲みに行って、滑り落ちて海の方へ押流されて、鱶《ふか》にでも食われたんだろうという事になってしまいました。するとそれから三日ばかり経って、またひとりの原住民が見えなくなったんです。こうなると、騒ぎがいよいよ大きくなって、これはどうも唯事ではない。むかしの禍《わざわ》いがまた繰返されるのではないかという恐怖に襲われて、気の弱い、迷信の強い原住民たちはそろそろ逃げ支度に取りかかるのを、わたくしが無理におさえて、まあ五、六日は無事に済んだのですが、今月にはいって四日ほど経つと、またひとりの原住民が見えなくなる。つづいて二日目にまた一人、都合四人も消えてなくなったんですから、わたしも実に驚きました。まして原住民たちはもう生きている空もないようにふるえあがって、仕事もろくろく手につかないという始末で、わたしも弱り切っていますと、いい塩梅《あんばい》に小《こ》半月ばかりは何事もないので、少し安心する間もなく、六日前にまた一人、今度は日本人が行くえ不明になったんです。」
「日本人が……。やっぱり夜のうち
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング