笑った。
「さようですか。まあ、こちらへいらっしゃい。この島にはそうたくさんもありませんが、それでも相当に麻畑があります。わたしがすぐに御案内します。わたしは丸山俊吉という者です。」
 かれは日本の人で、三年ほど前からこっちへ来て、日本人と原住民とを合せて七十人ばかりの労働者の監督をしていると言った。高谷君は彼のあとについて堤から十町ほども行くと、広い麻畑が眼の前にひろがって、芭蕉《ばしょう》に似た大きい葉が西南の風になびいていた。丸山はその一年の産額や品質などをいちいち詳しく説明してくれた。
「まあ、我れわれの小屋へいらっしゃい。お茶でもいれますから。」
 それからまた二町ほども行くと、そこに大きい家があった。屋根はトタンでふいて、三方は日本風の板羽目になっていたが、そのひどく破損しているのが高谷君の眼についた。案内されて内へはいると、中は一面の土間になっていて、部屋の隅には寝台と毛布がみえた。棚の上には酒の壜《びん》や缶詰のたぐいも乗せてあった。ふたりはまん中に据えてある丸いテーブルを囲んで、粗末な椅子に腰をおろした。
「おい、勇造、お客様だ。早く来い。」
 丸山に呼ばれて、ひとりの青年が外からはいって来た。年のころは十八、九で、これもこういう南洋生活をしているにふさわしい、見るから頑丈らしい男であった。かれは茶っぽい縮《ちぢみ》のシャツを着て、麻のズボンをはいていた。
 天草《あまくさ》の生れで、弥坂勇造という男であると、丸山はこれを高谷君に紹介した。勇造は丸山のボーイ代りに働いているらしく、かいがいしく立廻って、チョコレートやビスケットなどを運んで来た。マニラ煙草も持って来た。
「なにしろ、よくお出でくだすった。」と、丸山はいかにも打解けたように言った。「内地の人も随分こっちへ来るようですけれども、大抵はおもな島々をひと廻りするだけで、こんなところまでは滅多《めった》に廻って来る人はありません。毎日おなじ人の顔ばかり見ているんですから、まったく内地の人はお懐かしいんですよ。」
 実際、かれらは高谷君を歓迎しているらしく、大切にしまってあったらしい葡萄酒の口をぬいて高谷君にすすめた。缶詰の肉や魚なども皿に盛って出した。ここらの島に住んでいる人としては、出来るかぎりの歓待を尽くされて、高谷君も気の毒になって来た。はじめの予定ではほんの一時間ぐらい見廻ってすぐに帰
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