に見えなくなったんですか。」と、高谷君は眉《まゆ》をよせながら訊《き》いた。
「そうです。いつでも夜なかから夜明けまでのうちに見えなくなるんです。今までは原住民に限られていたんですが、今度は日本人の方へもお鉢が廻って来たので、みんなはいよいよ騒ぎ出して、どうしても此処《ここ》にはいられないというんです。しかし折角これまで経営した仕事を今さら中途で放棄するのも残念ですから、私もいろいろに理解を加えて、まあ当分は踏みとどまっていることにしたんですが、怖くってここには寝られないというので、急に隣りの小さい島へ小屋掛けをして、日が暮れるとみなそこへ行って寝ることにして、夜があけるとこっちへ出て来るんです。実に不便で困るんですが、さし当りはそうするよりほかにないんです。お察しください。」
 丸山もよほど困っているらしく、その男らしい太い眉をくもらせて話した。高谷君も息をのみ込んでこの不思議な話を聞いていた。
「で、その行くえ不明になった人間というのは、その後になんの手がかりもないんですか。」
「ありません。」と、丸山はすぐに頭《かぶり》をふった。「無論に手分けをしていろいろに穿索《せんさく》したんですけれど、影も形もみえません。なにか猛獣でも襲って来るのか、あるいは山奥から我れわれの知らない野蛮人でも忍んで来るのかとも思ったんですが、死骸も残っていない。骨も残っていない。血のあとも残っていないというのですから、一体どうしたのかちっとも見当が付きません。丁度あなたがお出でになったのを幸いに、あなたの御意見をうかがいたいと思うんですが……。どうでしょう、世間にこんなことがあるでしょうか。」
「さあ。」と、高谷君も首をかしげた。「行くえ不明になった人間はひとりで寝ていたんですか。それとも誰かそのそばに寝ていたんですか。」
「いや、それがまた不思議なんです。ひとりで寝ていたのならば、まだしもの事ですけれども、日本人は大抵七、八人ずつ一軒の小屋に枕をならべて寝ているんです。まして原住民は十人も二十人も土間にアンペラを敷いて、一緒にかたまって転寝《ごろね》をしているんですから、かりに猛獣が来ても、野蛮人が来ても、ほかの者に覚《さと》られないようにそっと一人をさらって行くということは、よほど困難の仕事で、誰か気のつく者がある筈《はず》です。ねえ、そうじゃありませんか。しかし人間が理屈なしに
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