で、彼が百円あまりの金を出してくれて、表通りの店をゆずり受けることになった。――こう判ると、すべてが想像通りで、いよいよ不思議はないことになるので、長屋の人たちの好奇心もさすがにだんだん薄らいで来た。そのあいだに、おすま親子は表の店へ引移って、造作などにも多少の手入れをして、十二月の朔日《ついたち》から商売をはじめた。
「馴れない商売ですからどうなるか判りませんが、村田が折角勧めてくれますので、ともかくも店をあけて見ますから何分よろしく願います。」と、おすまは近所の人に言った。
 前にもいう通り、この親子は行儀のよい、淑ましやかな質であるので、近所の人たちの気受けもよかった。二つには零落した士族に対する同情も幾分か手伝って、おすまの荒物店は相当に繁昌した。士族の商法はたいてい失敗するに決まっていたが、ここは余ほど運のいい方で、あくる年の五、六月ごろには親子二人の質素な生活にまず差し支えはないという見込みが付くようになった。
 そうなると、娘のお鶴さんももう歳頃であるから、早くお婿を貰ってはどうだと勧める者も出て来た。以前は士族さんでも、今は荒物屋のおかみさんであるから、近所の人たちも自
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